オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

ソシャゲを肯定する理由。

はい、日曜更新を華麗にスルーすることに定評のあるオルタナティブにいきたいの時間がやってまいりましたよ皆さん。フツーに友達とご飯食べに行って「やっぱ大〇屋ってご飯おいしー!」とか思ってたら忘れましたね。忘れたけどその分の更新はちゃんとやるよ! 見てなさいよちょっと!

というわけでですね、今回はTwitterでも言ってたんですが、ソシャゲの話をしようと思います。いきなり余談ですが、ブログのサイドバーに俺のTwitter載せてたんですが、とある勢いで一度アカウントを消しては復活させた時から表示されなくなってますね… 直そう直そうとは思ってるんだけど、これどうやるんだっけっていう感じで放置してます。明日から頑張る。

えー、で、ソシャゲの話ですね。なぜこの話題で記事を書こうを思ったのかというと、とあるラジオでこの話題を取り上げていたので、自分なりの意見を書こうかなと思ったわけです。本当はそのラジオのリンクとか貼りたいんだけど、今回許可取るのとかちょっと… あの… めんどくさくて時間があまりなかったので取り合えずつらつら書いていこうと思います。ちなみにTwitterでは「覚悟しろよ」と大見栄切ってますが、全然理論武装済んでません。学生のみんな! これが蟷螂の斧っていうやつだぞ!

 

まずね、ソシャゲやってる人、特に課金してる人がソシャゲやってない人に言われることで一番多いのは何だと思います? みんな簡単に想像つくね?

 

・「なんでデータに金払ってるの? 形に残らないんだよ? 無駄じゃない?」

 

これね、そんなドヤ顔で言われても困るから。ネットでもリアルでもさんざん言われて来てることを今さら言われたってどうとも思わないから。いやしかも言ってることは分かるんだよ? 無駄は無駄だよ? でも無駄じゃないこと以外にお金使うの制限するって難しくない? 少なくとお金を払って効用を得るって考えでは効用(=満足度)を得てるからお金を払ってるわけなんだよね。みんながCD買って好きな曲を聴ける、嬉しいっていうのと同じで、お金払って好きなキャラ使える、嬉しいってなってるわけ。えっ? でもデータは不要になっても売れないじゃんって? いや買う時に売る前提で買う人なんているのかよ。日々の意識高すぎだろ。

 

・「ソシャゲに時間を費やしてるのは時間の無駄」

 

時間の無駄って。まぁソシャゲをしてるよりも読書や映画をしたほうがいいとは思うよ、教養的にね。でも娯楽でソシャゲをやってるわけであって、読書や映画鑑賞を娯楽と感じない時で、なおかつ娯楽を楽しみたいときそれを選ばないだけなんだよね。みんなけっこうさ、好きなものを楽しむことには肯定的なのに、それがソシャゲってなると否定的になるよね。いや別にいいんだけど、ちょっと思ったのがさ、それって自分の趣味と同列に見てないってことだよね? 下に見てるってことだよね? 自分たちの趣味は向上心を持てて人との交流もあるっていう点でそう思ってるのかもしれないけど、そういう点で趣味とか娯楽の優劣をつけるのはちょっとどうかと思うよ。それ自分の趣味に変なプレッシャー掛からない? 趣味だったはずのものに首絞められたくないよ俺は。

 

ってな感じでね、とりあえずはソシャゲ肯定派にガッツリ立って意見を述べさせていただきましたが、ちょっとオーバー気味ですね。なんというか、ソシャゲを否定してる人が「否定してる部分」と「そうでない部分」がちゃんとあるんですが、上の文章はその境を無くして書いてあるっていうのだけはご理解いただきたい。

っていうのもね、こういうのってよくあることなんですよ。例えばインスタグラムの問題とかって最近あったじゃないですか。インスタ映えを追求した一部のユーザーが写真だけ取って注文したデザートとか残したり、夢の国のお城が良く取れる場所で座り込む人たちが増えて迷惑するとか。あと人気バンドの熱狂的な一部のファンとか。要は一部過激な行動が目に入ってそれが全体の印象になるってことですよ。ほらよくあるでしょ?

で、こういうのに対して、自分が節度ある楽しみ方をしてるって自覚があるなら、そういう批判には過度に反応してはいけないっていう考えでもいます。それでも反応して最初に肯定派の主張をしたのには少し考えてることがあるからなんです。

 

っていうのもね、ゲームの課金って、それだけ批判されてるのにもかかわらず続いてるのって、それだけお金が集まってるからだと思うんですよ。「いやそれはパチンコとかスロットとかと同じで、ガチャにギャンブル性があるからじゃないか」って思う人もいると思うんですけど、俺はちょっと違うんです。ガチャに依存性があるのは否定できないけど、それ以外の要因を見落として批判しちゃうとそれこそ思考の停止なんじゃないかと。

だってあれって、とあるコンテンツに対してファンの人がお金を払ってるっていう図式が曲りなりともちゃんと成り立ってるわけでしょ? それを含めて批判するとややこしいことになるよ。これだけコンテンツ、エンターテイメントの多様化が進んでる中で、それに対して強い思い入れがある人からお金を取るっていう形の最適解ではないけど、現在の形として成り立ってるものの一つじゃないのかなぁと。

んで、俺が序盤の方に肯定派に立って批判した「なんでゲームに金払ってるの?」と「時間の無駄」っていう意見、これってもしかしたら、いわゆる「古い考え方」にそろそろなっていくかもしれないんじゃない? って思ってるわけなんです。最近ね、俺が常識だと思ってたこと、多分同年代の人は同じように思ってたことが、ホントに時代錯誤になってきてるんじゃないかっていう気がするんですよ。それにちょっと踏み込んでみたいっていう気持ちがあったので、まずは肯定派にガッツリ立ってみたわけでございます。なので言われてることを全部否定してるわけではないのであしからず。こういうどっちつがずのスタンスって卑怯だなーとは思うんですが、まぁ本当にそう思ってるわけなんで仕方ないですね。

でもオルタナティブにいきたいを読んで、俺の真意じゃなくても「否定された! ゆるせない!」って思うことまでは否定しないので、「不快だ!」とかあったら全然言ってくださいな。震えながら待ってます。

 

まぁ、どちらにせよ節度あるスタンスで娯楽と付き合っていきましょうってことですね。長く書いた割に結論がありきたりですまない。

という事でこんかいはソシャゲについてでした。お粗末様でした。

師走ですね。

雪、積もってきましたね。

 

よく雪が積もって喜ぶのは子供の頃だけだったという話を聞きますが、僕はそうでもないですね。いや、交通が不便になるのはちょっと嫌だなっていう思いはありますが、それでも「おっ、積もってきたな」って嬉しくなっちゃう気持ち分かりません? 20代も残すところあとわずかな歳にもなって童心を忘れない。こらそこ大人になり切れてないとか言わない。

今日は特に何か言おうとか思ってブログ書き始めたわけじゃないんですが、こういうちょっとしたことでも話題に書き始めるのもたまにはいいかなーと思って書いてます。とか言ったけど大体このブログそんなもんか。ふと思ったけどこういう些細な事でも連絡取りあえる関係の人いたらいいなーとか柄にもなく思ったりしてる。おい俺ふざけんな! そんな感傷的なこと言ってんじゃねぇ!

 

ともかく2017年も今月で最後という事で。

来年に向けての抱負じゃないですが、何となくこうしてみよう、あれやってみようとか考えてたことがあるんですよ。まず一つ目としてこのブログ、最近じゃあ僕の中では攻撃的だなっていうこと書いていたんですけど、なるべく抑えられたらいいなと。まぁたまには歯に衣着せぬ言い方を気取って言いたい時もあるとは思うんですけど、目に見えるものなら見境なくっていうのは違うかなって思い始めてきた次第です。とか言いながら言ってたらごめんね! もし忘れて僕がなんかワーワー言ってたら、それは経験値だと思えばいいよ。華麗なスルーで10EXPくらいは貰えると思うから!

二つ目としては、前にやってた読書感想記事でもまた書き始めたいなぁと。実は日曜定期更新にするなら読書したらいいんじゃね? って思ってたんですけど、これが一回読まない期間に入っちゃうと読まないんですよね。ただ買っておいて読んでない本とかも何冊かあるし、伊坂幸太郎も知らないうちに何冊か出してるんでそこらへんでも攻めていきたいなぁと。いつか京極正彦か境界線上のホライゾンをどっかのカフェで読んで、「なんだあの分厚さは…」とか思われたい。ごめんそんなに思ってない。

最後にすごく私的な話をしますけど、三つ目は髪を切りに行く頻度を上げたい。いい加減ね、床屋とか美容室とか苦手なんですっていうスタイルじゃあいけないと思うんだよ! 人の印象って髪型絶対関わってくると思うんだよ! 前髪長めのオシャレな髪型にしたい。なりたいな、ならなくちゃ、絶対なってやる!

 

そんなしょーもない話でした。お粗末様でした。

 

P.S.

この間一人カラオケ精密採点してみたんですが、一番高い点数出せたのはPrintempsの「Love marginal」でした。青く透明な私になりたい。

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とりあえず書いてる日曜ブログを更新します。何故か今、頭に「金になんのかどうかしらねぇけど転がしてる」っていう言葉が浮かんできてます。like a 呂布カルマ。絶対に金にはならねぇ。ただまぁこれが今の俺に出来る週一回の存在証明。鳴らせサイレンでございます。

 

自分はことごとくポジティブな言葉、啓発的な言葉が嫌いなんだなぁと思う事がありまして。「迷ったら飛び込め」というニュアンスの言葉を最近見かけたんですよ。なんだそれ入水なの? 飛び降りなの? どちらにしろどこに立ってるのか分かんない奴の背中をむやみやたらに押すのはどーなのよパイセン。

まぁ、誇張して言いましたがそこまでの殺傷能力がある言葉ではなく、やりたいと思ったらやってみろっていう話なんだけれども、やっぱりね、言葉に無責任感があるとしか思えないんだよね。ケツ拭うわけでもなくフォローするわけでもないのに、パワーのある言葉を使うのは俺はなるべく避けたい。そんな言葉でも俺が使うと半減以上の効果があるけどね! 俺のデバフ能力強すぎだろ。

とは言っても、やりたいと思ったらやってみろっていう言葉の正しさは理解してるんです。というか、それは俺も伝えたいなと思っている節がある。7月だったかな、元バンドマンとか言ってるけどFutonsというバンドでライブに出たんですよね。でもこのバンドはギターボーカルの俺とファニーなフレンズのドラムの2人しかいないんです。ぶっちゃけどうしてもベースが足りなくなる曲しか作ってないし、同期とかして音数を補うようなこともせずにただ2人でライブに出たんですよ。

で、もうね、主催者さんには悪いんだけど、もういいライブにしようとかカッコつけようとかそういうのどうでも良かったんだよね。後に友達に責任感は持った方がいいみたいなことを言われたんだけれども、それもどうでも良かったの。なんかもうね、その時期に俺が苛まれてた音楽至上主義みたいな環境、酒飲んで俺たちはクズだっていう認識に自惚れていく奴らが大っ嫌いで、バカなんじゃないのって言いたかったんだよね。あっこれ話題逸れてるか。めんごめんご。ともかく下手くそな演奏とかしてたんだけど、こんな下手くそな奴らだってステージ立ってんだぞっていうところから、な、バンドって楽しいだろっていうのを伝えたかったんだよね。伝わらなかったんだけれども。

そう、なんか書いてて何が言いたかったか思い出してきたんだけど、自分では何かを始めたいって気持ちは楽しそうだからそう思うんじゃないかって考えてたんです。大きな目標があるとか、使命感や責任感があるとか、そーいうのなんて後付けでもいくらでもなるところじゃないですか。そういうのを一度取っ払って、こんな日々うだうだしてる奴もいるんだぜ見たいな。だから出来ないってことはないぜというのを示したかったんですよね。そこに対してその日しか見られないライブとか責任感なんてものを言われても、まずもってそれを否定したいんだけどなぁっていう。

 

話全然まとまってないところで結論ですが、やりたいことはやってみろっていうのは真実ですが、そこに悩みや葛藤を挟んではいけないなんてことは全然ないと思ってます。服も着てないのに「行ってみろ」って言われて出掛ける人なんていないんだから、完璧なコーディネートの服装じゃなくてもTシャツにデニムくらいの準備を整えたらやってみましょ。駄目なら上になんか羽織ったり、チノパンに履き替えたりできるでしょって話です。パワーワードに騙されんなよ。

飛ばそうぜこのまま死ぬまで長い

今日はSyrup16gの『delaidback』を聴いた話をしようと思う。んだけども、俺は自分でディスクレビューというものは書けないと思っているので、そういうのは期待しないで欲しい。…うん、まぁ、書けたらいいなぁとは思うし、書いてる人を見ると素直にすげえなぁーって感心するんだけどね。そういった感性が乏しいって言っちゃったらそれまでなんだけど、ちょっとこれも書けない理由なんじゃないかってのが一つあるんですよ。

えっと、多分ディスクレビューする人って、アルバム単位でちゃんと聴ける人だと思うんです。高校生の時に仲良かった友人が、「なるべくアルバムで聴いてその世界観を味わいたい」って言ってたのをよく覚えてるんですよ。それも当時聞いた時、何その考え方すげえかっけぇって思って俺もそうしようと思ってアルバム単位で聴いてたことはあるんですけども、でもそう出来るものと出来ないものがどうしても出てきちゃうんですよね。特にこれが聴きたかった! っていう曲が入ってるアルバムだとなおさらそこだけピックアップして聴いちゃうみたいな。しかもそれが常なんで、それだとやっぱりディスクレビューとして成り立たないよなぁって思ってるわけです。

そして今回の『delaidback』も思いっきり曲単位で聴いてしまってるアルバムになってます。いや、それでアルバムの優劣とか人それぞれの楽しみ方を批判してるつもりではないことだけはご理解いただきたい。あくまで俺は曲単位で聴く楽しみ方を良しとしてて、でもアルバム単位で楽しめる人には敬意を持ってるっていうことやねん。つまりは自分の一番楽しめる方法で楽しんだもん勝ちやでっていうこと。前口上長すぎだろ、さっさと書けよ俺。

 

買ってきてまず一番最初にやっぱり「Star Slave」と「upside down」聴いたんですよね。これを待ってた年月がありましたので、もうそこに照準合わせてたんですよ。ただね、聴いてみてあれ? こんな感じの曲だっけ? っていう違和感があったんです。俺が聴いてた音源との変化が最初少し受け入れられなくて、困惑しました。

でも、その時に思い出したんですけど、俺が最初に聴いたSyrupのアルバムってdelayedだったんですね。その時も「センチメンタル」「Reborn」は聴けても他の曲イマイチだと思ってたなぁって。だからそればっかり聴いてて、そのうちアルバムをそのまま流して聴くようになってたら、不思議とアルバムごと好きになったんだよなと。余談だけどこの間、米津玄師さんがキャスで「キミのかほり」歌ってたのすげぇ良かったわ。

で、まさにそのイマイチだと思ってた気持ちが今回の困惑と似てるなぁって思ったら、それで違和感が無くなったのかやっぱりいい曲じゃないか… ってなりました。はい、そんな単純な思考で俺は音楽を楽しんでおります。「upside down」なんか勢いある曲だと思ってたら今回ちょっと落ち着いてたじゃないですか。あれ俺的にはFree Throw版の「Sonic Disorder」みたいだなって思ったらめっちゃしっくり来たんですけど、それ俺だけですかね? まさかの原点回帰。なので「Sonic Disorder」よろしくどっちも好きです。

あとやっぱり「透明な日」は最高ですね。俺はこの曲のせいで映画『ゴーストワールド』を観てしまったくらい好きです。ようつべにゴーストワールドの映像使った透明な日の動画あるんですけど、あれすごくいいですよね。あぁこうやって映画の世界観を曲で表現したんだっていうのが凄く感じられる。最初のレコードを回してるところで透明な日のアルペジオ始まるのなんて、作った人掴みわきまえ過ぎでしょ。

 

そんなこんなで全体を聴いた感想を最後に書いておきますが、未音源化の曲を集めて収録したって割にはちゃんとアルバムとして成り立ってるんじゃないかなって思います。まぁ、ちゃんとしたアルバム名を付けたってことはそういう事なんだろうけど、未音源化を集めたアルバム! として銘打たなくてもこのアルバムは全然聴ける感じがしました。ね! ほらディスクレビュー下手でしょ俺! なんか小粋な文章で最後締めてみてぇよ! でもこんな感じが俺よね。じゃあいっか。

ということで、これからもじっくり『delaidback』を味わっていきたいと思います。アルバム名に隠された「laid back」って、ゆっくりとかのんびりとしたっていう意味なんでしょ? deが付くとどうなるかは知らないけど、まぁそう言う事で!

Twitter、やってて楽しいのか。

これすごく聞きたい話なんだけどさぁ、君たちTwitterやってて楽しいの? っていう話ですよ。また例にもよってTwitterの話でごめんねどうも。でもちょっと言いたいというか、「いや待って俺のツイートにいいねとかが来ないのは分かるけど、君ら違うやん」っていう感じの話なんですよ。

何度も言ってるけど俺のTwitterのタイムラインはバンドマン、またはバンドなどの音楽好きでほとんどが構成されている集合体なんですよ。全然関係ない人もちらほらいるんですけど、まぁそういう感じなんだと思ってください。という事はですよ、ざっくりした解釈でもの言っちゃうならば、ここで繋がってる人たちって共感しあえるはずの人たちじゃないかなって思うんですよ。

で、たまにですね、自分の好きなものに対してのアツいツイートとかをしてる人を見かけるわけなんです。その渾身の思いを乗せたツイートのインプレッションとかエンゲージメントがどのくらいかは俺は知りえないけど、リツイートはもちろんいいねも全然されてないっていう状態があるわけです。うん、なんかエグイ。ちょっと気になってその人のフォロワー数見てみるじゃないですか。するとそこそこいたりするんですよね。してやれよいいねくらい… なんのフォロワーなんだよ… 君たちそういうので繋がってるんちゃうの…

そういうところにTwitterの殺伐さを感じてしまうんですよね。何だろう、せっかくこう双方向性のあるツールなのになぁって。そりゃあ発信できるツールでバンドマンであれば発信に力を入れたくなるのは分かります。でもさぁ、なんかライブ告知とかそういう活動に対してにしか反応されなくて、あれが良かったこれが良かったっていう素直な気持ちですごく言いたくなったこととかはなにも反応されないってすごくシビア過ぎない? そのフォロワーで? っていう。

いや、っていうのもね。俺ここだけの話なんですけど別垢作ったんですよ。全体に公開しといてここだけの話っていうのもおかしいんだけども、そっちで色々話すと多少なりとも反応が返ってくることはあるんです。たまにリプ貰えたりもして軽いカルチャーショックですよ。俺今までこのシビアなTwitterしか知らなかったからね。嘘だろおいと。めちゃくちゃ楽しいやんけTwitterと。

まぁね、別垢は完全に素性とか隠してるし、リアルでの知り合いがいるとかじゃないですよ。そういう所も含め色々と違いがあるっていうのは分かってます。Twitterでなんかやりとりしなくても実際ちゃんと会って、そこで共有してたりするから大丈夫なのかなぁーと。でもなんと言うか、発信が一方的過ぎない? 俺は発信者だ! っていう変な自意識持ってたりしない? これもブログやってる俺が言うなって話か。でもこの件に関しては棚に上げさせてもらうぜっ★

いやね、俺はそういうバンドマンの人たちのライブに行くことあるほうだと思うんですよ。自称 ”元“ バンドマンだからね。そういうのって大体の客がバンドマンだっていうこと多いなぁって何となく感じてたんですよ。そんな話をラジオでしてた方々もいたと思うんですけどね。バンドマンのライブをバンドマンが観に行くっていう、縮小していきそうな構図ですよ。

だから俺はあまりライブに誘うのも誘われるのも好きじゃないんですよね… 自分たちがライブするならノルマ払わせてくれと思うし、知り合いがライブするときは誘わないでくれと思ってます。行きたいと思ったら自分から行くから。そしたら俺は純粋な客として行けるじゃんね。たまに「ライブあったら誘ってね」って言ってるかもしれないですけど、それ本心で言ってません。本当にすみません。あとこれ別の話題になりそうなんでカットでおなしゃす。

で、そういう外にも開けてるTwitterが殺伐としているとね、あんまり楽しそうじゃないから色々巻き込めないんじゃないかと。こっからはあまり考えがまとまってないから上手く説明できないけど、発信って興味なかった人に興味持ってもらえるようにする新規層取り込み型と、実は同じものを共有出来て、好きになれるはずのバンド、楽しめるはずのイベントの存在を知らないだけの人に届けるっていう発掘型があると思うんですよ。難易度としては新規取り込み型の方が発掘型より難しいって感じ。

なので大体発信してる人は発掘型なんじゃないかなって思ってます。そりゃあね、興味ない人に興味持たせるより、興味ある人に来てもらった方が話早いし、それでこその共有だしね。だけどこう殺伐としてしてちゃあ、その発信ってそんなに意味あるんかなぁって。だってなんか楽しそうに思えないしなぁ。

うんなんかやっぱり上手くは言えないんだけど、発信ばっかりやってないで受信も適宜やっていかないと寄り付いてくれる人も寄り付かなくなっちゃうんじゃないかなっていう印象を持ったっていう話です。その受信っていう窓口をどうにか作れないかと思ってちょっと煽るようなことを言ってみたらどうか、と思ったんですが、さすがに『ブログ書け』は矛先間違ったなぁっていうね。うん。ほら、なんかの製造メーカーだってクレームから品質向上に繋がったりするじゃん。そういうのやれないかなってちょっと思ってたわけよ。

 

まぁそんなことをグダグダと考えておりました。発信してる方はちょっと考えてみてもらえたらこれ幸いです。俺はもうちょい考えて結局何が言いたいのかをもっと分かりやすく伝えられたらなぁと思います。寝る!