オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

イジられキャラであることに誇りはない。

これを書くのは自分の人間性をさらけ出すというか、内容と読む人によっては誤解を与えるかもしれないから止めとこうかとも考えたんだけど、こういうことをしっかりと言える場面って絶対無いだろうなと思ったんで一応書いてみます。

こんなことを書くくらい自分の中では黄色信号な話題なんで、今から予防線めっちゃ張ります。石橋叩きまくります。これから書く記事には、もしかしたら他人を『イジる』傾向のある人には、不快な思いをさせる内容があるかもしれません。なので少しでも心当たりがあったらブラウザバックを推奨します。

二つ目。これは0か100かの話じゃなくて、その間にもいっぱい数字はあるでしょっていう話です。なんか上手い例えが思いつかなかったけど、完全に否定してるわけじゃないとかそういう事です。

最後に、もしこれを書いたことで自分の普段の生活に支障をきたすような事がもしあれば、この記事は削除します。もうきれいさっぱり消します。覚悟と臆病がない交ぜになった感情でパソコンとにらめっこして書いていることをご了承ください。

 

 

 

オーケーですか?

まぁ、ここまで予防線張りましたけど、そこまでの内容じゃないかもしれないのであしからず。

 

 

 

えっとですね、俺は『イジられキャラ』なんですね。このブログを読んでくれている人の中には、もしかしたらそんなイメージ無いって人もいるかもしれないですけど、様々な場面でイジられキャラになることが多いんです。例えばAというグループに居てもBというグループに居ても、同じようなイジられ方をするなんてことは多々あるんです。

で、自分がそういうキャラだっていう事に原因があるのは分かってるんです。幼い頃からイジメられやすかったので、それを打開するためにイジメられるくらいならイジられようとしてきた過去があり、そうやって人と打ち解けてきたからそのやり方しか知らないみたいなね。

でもぶっちゃけて言うと、俺基本的にイジられたくないんです。もっと正確に言うと、別に自分がイジられることを良しとしてないんです。「ぶっちゃけて」なんて言ったけど、そんなのみんなそうなんじゃないかと思ってる。芸人とかじゃない限り普段の生活で「イジられたい」なんて思わないだろうと。

それでも自分で『イジられキャラ』だと言うのは、自分から「イジらないでください」とハッキリと拒絶してないからなんですよ。たまに「Sの人はMの人をイジメたいんじゃなくて、自分より弱いSの人をイジメたいんであって、その理論で行くと俺は最弱のS」と、やたらくどい言い回しで「自分がイジられることを良しとしてない」と主張することがあるんですけど、まぁ伝わらないですよね。だって、俺が逆の立場ならわかんねぇもん。

そうやってハッキリ拒絶しないのには理由があるんです…あるよ?本当だよ?まぁ元も子もない言い方をすればただの言い訳なんだけど、俺をネタにして雰囲気が良くなるんだったら、笑ってくれるんだったら仕方ないと思っちゃうとか。これはちょっと偽善的な理由だけど、笑ってくれたらその人は自分に対して悪いイメージは持たないんじゃないかという利己的な理由だってもちろんある。だってイジメられたくなかったんですから。

 

 

 

話ちょっと脱線するけど、イジメられる奴からイジられキャラになるのも大変でしたよ。中学生の時、栗のイガイガをバトミントンのラケットで、2~3人くらいから一斉に打ち付けられたことがあったんですけど、それを笑ってやり過ごして、家に帰ってふくらはぎから後ろの腱の辺りまでたくさん刺さったイガイガを一つ一つ棘抜きで抜いてた、なんてこともありましたからね。それを手伝ってくれた母親のあの切ない表情忘れられない。

まぁ、そうやってイジメをイジられに変えて、少しでも悪いイメージを払拭してきたことが今の自分のイジられキャラを作り上げたんです。幸いにもみんな大人になるにつれて肉体的・精神的なイジメなんかしなくなったし、今現在関わってる人の中にもそんな人はいないんで棘抜きは必要なくなったんですけどね。

 

 

 

でも、だからってこのままホイホイとイジられるわけにもいかないんですよ。

 

 

 

ここからが上手く言う自信なくて誤解させるところだと思うんだけど、まぁもうここまで読んだなら誤解されてもいい。一度俺のことを「こいつはイジられキャラだ」と認識した途端、どこまでもイジってくる人がまぁまぁいるんです。「イジッとけばいい」みたいな雑な解釈で。

なんだろう、「一緒にバカやる」くらいのイジり方をしてくれる人はもう大歓迎なんですよ。俺イジられるの頑張ります!っていうくらい。結構キツいイジり方でも、ちゃんと冗談になる頻度とタイミングの人も全然いいんです。

でも、イジる時に上から目線というか、「お前はイジられキャラだから俺はイジる」みたいにイジってくる人がいるんです。ごめんなさいだけどそういう人に限って別にイジり方が大して上手くないんです。笑って欲しくてにイジられてるのであって、笑われる為にイジられてるわけじゃないんですよ。

実際にあった例で言ってみれば、俺のことをイジられキャラだと認識したら、挨拶の時にまぁまぁの強さで蹴ってくるとか、そこまで親しくなってないのに馬鹿にしてくるとか。いや俺だって分かんないからとりあえずイジられるって時もあるけど、そうするとその調子のままやってくる人とかいるから、それはもう「イジられてる」んじゃなくて「馬鹿にされてる」と思うから、そりゃ俺だって機嫌悪くなったりするよと。酷ければ怒るよと。当然でしょうがと。

 

 

 

用はですね、別に俺は「イジってくれ」なんて求めてなくて、でも自分も相手も楽しくなるならイジられにいったりするけど、ただ馬鹿にして笑いモノにするようなイジり方は流石に怒ることもあるよと。ガチでMじゃないんだよという事をここで主張しておきたい。

長々と話したけど、「イジるのは構わないけど、程度はあると思うんだ」って話でした。おわれ。

バンドマンだった頃の俺よ死ね。

ひょんなことから憂鬱になったので書きなぐります。

 

大学生の時に所謂サブカル色の強いサークルに籍を置いてるようで置いてないスタンスでたまーに顔を出してたんだけど、そのサークルで確か新歓の飲み会みたいなのがあってそれに参加した時があった。もちろん新入生としてじゃなくて先輩として。

話は脱線するけど新入生の時、大学に軽音サークルが2つあって、そのうちの1つの新歓の飲み会に参加した事もあったんだけど、その時は早い段階でそのサークルに馴染めないことに気付いて、「楽器何やってるの?」と聞かれる度に「サクソフォンです。」って答えてた。ただの迷惑な奴。

話を戻して、自分が先輩としての新歓の飲み会だからと思い、自分の周りに座っていた新入生に話を振って聞くっていうのを律儀にやって過ごしてた。確かあの馴染めなかったサークルの先輩たちと同じような感じで「バンド何好きなの?」とかそんなもんだったと思う。知ってるバンド言う人もいれば全然知らないバンドを言う人もいて、苦手ながらも話を膨らませようとあくせくしていた。

そんな中、流で隣に座ってた女の子にも「何が好き?」って聞いたら、とあるメジャーなロックバンドの名前を言った。今Wikipediaで調べたらロックバンドと書いてあったけど、どちらかと言うとその頃にはもうミュージシャンと言った方が分かりやすい感じ。とにかくそのサークルでは『バンド』として扱われにくいような人たちだった。

お酒も入ってたし、話した内容ははっきり覚えてないけど、その女の子はいつから好きでとか、好きなロックバンドについて話してた。表情は明るかった。純粋に好きなもののことを話してるっていう、そんな感じだった。

その時、正直俺は困ってた。そのサークルは自分の印象ではコアな人たちが多かったから、メジャーなロックバンドを好きだと言ったこの子は多分馴染めないかもしれないと思った。ただそのまま正直に思ったことは言えないので、「このサークルにいると色んな音楽を知ることが出来るから、良かったらその中からも自分の好きな音楽を探してみて」とか、そんなニュアンスのことをその子に言った。

それだけの話なんだけど、最近ふっとこの時のことを思い出してちょっと後悔した。確か…もうなんか「確か」とか「思う」とか曖昧な表現ばっかりで申し訳ないけども、確かこの飲み会が終わった時も後悔してたような気がする。

 

 

 

いや、女の子が好きだと言ってたロックバンド、俺も好きだったんですよ。

小学生くらいの時にドカンと売れた曲があって、それで有名になって、アニメのOPも歌ったりしててね、一番流行った曲なんかは友達と帰り道に一緒に歌いながら帰ったことある。誕生日にはそのロックバンドのアルバムを買ってもらって、傷がつきまくるくらい聴いたし、他のアルバムはおこずかい少なかったから中古で買って…少なくてもカセットテープでそのロックバンドのマイベストは絶対に作ってたくらいに好きだったんです。よく歌詞をルーズリーフに書き写してました。

だからそのロックバンドの話、全然出来たんですよ。どのアルバムが一番好き?とか、なんだったら俺はあの曲が一番好きだなとか自分からも言えたんですよ。なのに当時の自分はメジャーなのはカッコ悪いっていう思いがMAX芽生えてた時期で、もっとみんなが知らないようなバンドを知ってドヤ顔したかっただけだったんですよ。親切なようでいてエゴの塊のようなこと言ってたのがもう恥ずかしくて仕方ない。

 

 

 

まぁ、その後ドヤ顔したいっていう気持ちにも無理が生じてきて、好きなものしか好きじゃないと開き直ってバンドへの探求心みたいなものは燃えるゴミの日に捨てました。その時のサークル長が今やってるイベントの出演者なんてほとんど知らないしね。

思えばこの無理な探求心のせいで散々な目に遭った気がする。自業自得である。そんな過去の自分が今に残っているならそいつは完璧に殺しておきたい。もうこういう些細なことで後悔したくないからね!

最後に大好きだったロックバンドの、飛びっきりセンチな曲でお別れしてやるわ。

 


ポルノグラフィティ 『サボテン』(幕張ロマンスポルノ'11 ~DAYS OF WONDER~)

夜鷹の夢

Do As Infinityの『夜鷹の夢』って曲がすげぇ好きなんですよね。

 


Do As Infinity - Yotaka no Yume

 

 

 

ゾイドジェネシスのOPだったんですけど、ゾイドジェネシス自体はあんまり知らないです。ただ子供向けアニメの曲にしては中々重みのある歌詞だなと思ってましたけど、ちょっと気になって調べてみたらびっくりしました。

なんでも夜鷹というのはある戦闘機の愛称だそうで、この曲はそのパイロットの心情を歌っているんだとか。すげぇ好きという割にはその事実を今知るという失態を犯しているわけなんですが、流石にそこまでは守備範囲外だわ。

個人的にはこれが解散前最後のアルバムに入ってたってことがグッと来てるね。どこがどう、って聞かれると上手く答えられないんだけど、それがドゥアズのこれまでの活動を象徴してるみたいな。まぁこのアルバムが出たころは解散まだ決まってなかっただろうし、再結成後も5枚くらいアルバム出してるからそんなこと全然ないんだろうけれども。

でも戦闘機、戦争をテーマにして歌ってるわりにはどこか童話のような雰囲気のある曲ですよね。完全に宮沢賢治がその雰囲気に引っ張ってる気はガンガンするんだけども、二つの雰囲気が見事に混じりあって最高にかっこいいと思ってます。もし俺が戦闘機かロボットのパイロットになったらコックピットで絶対この曲かけるね。そんな日はぜってぇこないけどね。妄想くらいしてもいいじゃない!

 

 

 

以下、『夜鷹の夢』を調べたときに見つけて面白かったページです。

 

note.chiebukuro.yahoo.co.jp

 

www49.atwiki.jp

中二病は決して治さないように。

ブログ書くの難しいっすね。

 

いや、この間久しぶりな人たちと会う機会がありまして、そこで書いた記事を褒められたんで、「よーしパパ張り切っちゃうぞ★」と思って前の記事の続きで共感とか共有の話を書こうと思ったんですけど、例の俺的コンプラに引っかかってもうコンプラです。ダンジョン攻略できないよ。

まぁ端的に言えば共感とか共有って過程で生まれるものだと思うからそれを目的にするとちょっとめんどくさいことにならね?って感じのことを私のシューリズムエッセンスたっぷりでお届けしたかったんだけど、エッセンスのせいで「…これはひどい」ってなっちゃった、めんごめんご。

 

 

 

という事でですね。

 

今回は『空の境界』のことについて話します。

 

書きなぐるように書くからネタバレとか個人的解釈で語ってるのが嫌いな人は回れ右だ!

 

 

 

 

劇場版「空の境界」 俯瞰風景 【通常版】 [DVD]

劇場版「空の境界」 俯瞰風景 【通常版】 [DVD]

 

 

最近やっと劇場版を終章まで観まして、色々と思ったことでもつらつら書いていきます。

この劇場版の第一章のDVDが発売されたのでさえ9年前だという事が驚きなんだけども、講談社ノベルスのあの厚くて長い本を兄が買ってきて、それを読んだのが中学3年生くらいの時だから、もう空の境界を知ってから13年くらいになるんですね。

そもそも存在を知ったのがその本が出版される前で、その時家に初めてのパソコンが来たんですよね。兄が買ったんですけど、そのパソコンで兄がゲームをよくやってて、その中に月姫っていうゲームがあったんですね。そうそう、伝説のあれね。リメイクあくしろよ。

もうその頃はあれですから、まさに中二病が発症する時期ですから、「なにこれすげぇ面白そう」って思って手に入れたインターネッツ環境で(と言っても兄が不在の時しか使えなかったのでその時に)調べてみたら18禁だと。パターン青、エロゲーです!

確かその頃ちょうどFateも発売されたかされてないかくらいの頃で、それもすごい面白そうだったんですよね。遍歴で言ったらぴたテンで入り口に立ち、ラノベでドアを開けたら中にはこやつらがいたと。レールはすでに敷かれていたんだね。仕方ないね!

どっちもエロゲーということで手が出せなかった中学生の僕でも、Fate月姫のことを調べれば当然『空の境界』のことも知って、もう型月のものだったらなんでもいいからやったり読んだりしたかったんです。でも『空の境界』は確か同人誌かなんかで市販されてなかったし、どれも手を付けられなくて興味だけが募っていくばかりだったんです。

そんな中で月姫がアニメ化するんだけど、これが確か有料チャンネルでしか見れなかったかなんかで観れるはずもなく、そのチャンネルに入ってる友達にお願いしても「エロゲーのアニメとかあり得ねぇわwww」みたいな感じでどうにもならなかったのを覚えてる。まぁ、後日兄がDVD買ってきた時は密かに(ぐっじょぶ!)と思ってましたけども。アニメの月姫ってあんま評価良くないんですかね?俺は何だかんだあの雰囲気好きで全部見ましたよ。

話を戻して、とにかくどうにかして型月の何かを知りたい!と思ったときに発売されたのがあの講談社ノベルスの『空の境界』だったんじゃなかったかな。上下巻それぞれ1200円くらいするやつ。当時おこずかいなんてあんまり貰ってなかったから、どうやって買おうかと思ってたら、やはりと言うかなんと言うか兄が買ってきまして、借りて読んだんですよね。

 

 

 

まぁ、わかんなかったですよね。

 

 

 

大体の話の流れは分かったつもりだけど、世界観に触れるようなことが言われてるところはもう全然。でもこの理解できない感じが当時の中二病心をくすぐりまくってくれたんじゃないかと。だって ”直死の魔眼” だよ? ”ちょくしのまがん” でスマホでもパソコンでもいいから打ちこんで変換してみてよ。 ”直死の魔眼” にするのめんどくさいでしょ。めっちゃカッコええ…

そんな雰囲気だけを楽しんで、後に月姫とかFateもプレイして、そんな感じでどんどんハマってたんですけど、次第にその熱も落ち着いてきて、他のものにハマったりだとかして「好きなもののひとつ」として収まりつつあったんですね。だから劇場版の『空の境界』も公開されたのは知ってたけどいつか観よう、くらいの気持ちでいたら今になっちゃった、って感じです。

 

 

 

で、改めて劇場版で観て、思ったのが、

 

あー、これ、両儀式が普通の女の子になるまでのストーリーだったんだなぁと。

 

 

 

いや熱心なファンとかそういうストーリーの解釈に強い人に言わせたらもしかしたら違うかもしれないけど、俺はもうそういう風に感じた。異端なものを求めてた両儀の家でその望み通りのものとなった式が、普通の少年黒桐幹也と出会って、最終的に2人で普通の道を歩むことになるみたいな。

もうね、俺は殺人鬼だ!とかタイトルが殺人考察とか、根源に至りたいおっさんとかやたら唾液出す先輩とかいきなり幹也LSDかなんか試しだすとかするからね、何だこの話、異常な世界すげぇ!っていう風にもなるけど、そんな世界の住人としてのサラブレッドな式が紆余曲折を経て普通を、幹也という夢を受け入れるみたいな。いやもともと幹也大人しい顔して式には強引なくらい近づいてたし、「あいつを拠り所にしたのはこっちが先だ」とか言ってるから、もう結構序盤から君幹也好きなんだねとは思ってたけども。

っていうか式さん、めっちゃモテモテなんですよ。特に変な奴らにはめっちゃ執着されてるんです。いわばストーカーですよ。そのストーカーの中にね、実はなんと幹也もおるんです。てか一番のストーカーは幹也なんじゃないかと思ってやまない。普通かと思ったら式に惚れるし橙子さんのもとで働きだすしで結構異端なものに惹かれやすいときた。でもって致死量の薬物飲まされても頭から目にかけて切りつけられても生きてるし、一番異端なのはやっぱり幹也なんじゃ…受け入れた普通が普通じゃないとはこれ如何に。

まぁ、でも最後に仲睦まじく2人で歩いてるシーンはやっぱりいいですね。あのシーンで垣間見せる式の女性らしさというか、この後の2人に思いを馳せさせてくれるような終わり方は好きですね。単純に好物です。誰か想像でいいからなんかそういう絵描いてくれないかな。

 

 

 

余談ですけど、ヤングガンガンが創刊されて何回目かでWORKING!!の連載が始まったんですけど、その時に店長と小鳥遊君を見て「式と幹也だ…」と思ってました。

 

終わる。

好きなものを好きと言いたい

あんまり頻繁には更新してないこのブログなんですが、実は何度か書いては下書きで保存してそのままにしてる記事があり、それが結構溜まってきてたりします。それらの記事は大体次の3パターンに陥ったせいで公開を断念してる。

 

・「あっ、これを言いたい!」と思って書き始めたはいいけど、うまく言葉に出来なくて中断

・いい感じに論じてるつもりが、自己陶酔感が強い

・書いているうちに内容がだんだん暴言・愚痴になってる

 

いや、時には公開された記事の中にもこのどれかのパターンが滲み出てるやつはあると思うんだけど、それでも結構「こういうこと言わないでおこう」と塵みたいに存在していた自制心がこの時ばかりは総動員されてることがままある。

でもこれらのパターンって、よくよく考えてみればそれこそ「すごく言いたいこと」なんですよ。すごく言いたいけどかたちにならなくて言えない、すごく言いたいけど主観的過ぎて読んでもらえないんじゃないか、すごく言いたいけどそれって結局悪口じゃねぇかと。

ただそんな記事のタイトルの中に、今回のタイトルを見つけたわけで。「あー、これ今すごく思ってたことだったんだけど、こんな時から思ってたのかぁ」と。そうなったら誰にも読まれずとも書くべきだと思うんですけど、これがなかなかに難しいんです。なぜならこれ、下書き保存で終わる3パターンの要素ほぼほぼ入ってるから。

ちなみに過去にこのタイトルで書いたときはTwitterバンドマン・バンド好きの人たちだらけのTLなことを愚痴り、自分が好きなものを共有できない状態を悲観し、どうまとめたらいいか分からなくなってやめてる。誰かっ!誰か助けてよぉ!

 

 

はい、そんなわけで。

 

簡潔に言いますとね。

 

好きなものを好きと言いたいんですよ。

 

それを上手く出来ないでいるのには変な葛藤があるからなんですよ。

 

 

好きというか、「これは凄い!」と思ったことをもっと脊髄反射のように「こういうところがこうで」とあれこれ語りたいんです。ずっと言っていたいんです。

例えばでいきなりですけど、実は僕、ゲームやアニメのトラウマ部分のネタバレとか読むのすごい好きなんですね。で、トラウマと言うと大体が話の展開が胸糞モノだっていうのが大半なんです。こういうのって意外と市販ゲー、フリーゲームエロゲーと結構隔てなくあるんですけど、エロゲだとBADENDだと大概トラウマ展開ってイメージが勝手についてたんですね。

そんななか調べてたら見つけたゲームがちょっと予想の斜め上いってて、「…もはやこれは、ゲームであっても、遊びではない」とどこぞの浮遊城を創り出した奴のセリフみたいなことを考えててちゃってて、そのゲームについて調べまくってたら主題歌歌ってるのが予想もしない人だったとか。

この時点で俺のテンションぷよぷよで言ったら、ばよえ~ん何回か聞けるくらいの連鎖始まってるんすよ。いや始まってないか。それくらいの連鎖が出来る状態にまで溜まってるんですね。ぷよぷよが。綺麗な形で。てなると最後はその引き金を引くだけじゃないですか。きっかけのぷよぷよ消すだけなんですけどね。でも積み上げたものが多ければ多いほど相手側に落ちるお邪魔ぷよが増えちやう…ってやかましいわ。

それくらい言いたい、語りたいことが溜まってるんだけど、どこで言うかってなると今のところTwitterかこのブログになるわけで、Twitterでフォローしてくれてる人の中で何人かがちょこちょここのブログを見てくれてるくらいのもんだと思うから、そこでバンドマンとしてTwitter始めたことを後悔するんですよね。いくら語っても暖簾に腕押し感というか。ほんと大槻ケンヂが話してた昔のライブハウスが羨ましい。当時って音楽やりたいんじゃなくて自分で書いた小説とか絵とか、なんでもいいけど音楽以外の創作物を何とかして売り出したいと思って、でも売り出す場所がないから仕方なく音楽やってライブハウスで売り出してるって人が集まってたらしいぜ。すごくいい。めっちゃいい。

 

ちょっと話が脱線したけど、ともかくこれだけ自分の中で「凄い!」と思って盛り上がって言ったところで暖簾に腕押しとなると、自分勝手に怒りがこみ上げてくるんですよ。なんでこの凄さをわかってくれないんだと。勝手にTwitterのTL上の奴らを敵視し始めるんです。これが仮想敵かってなんか勝手に思っちゃったんだけども。

これはさすがに駄目なデフレスパイラルだなーと思って、じゃあそもそも発端がなければいいんじゃないかと思ってというか、ほとんど傷つかない予防線みたいな対策でそもそも言わないでみたら、一回そういう思考になっちゃうと抜け出せないんだね。ホントはいない敵にいつまでも立ち向かおうとしちゃうんだね。ヤバイ書きながらいろいろ気付き出して全然話が進まない。

 

 

ともかく、じゃあ予防線張っても駄目ならもう言っちゃおうと。

 

ちゃんと言えてるかとかそういうの気にしないで心行くまで言っちゃえばいいじゃないかと。

 

 

もうここまで来たら共感なんて必要じゃない。そもそもそれを得ることを前提にして始めようとしてたことが間違いだったと思うくらいの覚悟で今後、好きなことを、すごいと思ったものをだたひたすらに言っていきたい。本当は共感とか共有についても突っ込んで書きたかったんだけど、いい感じに書きなぐれたから別の機会にする。