オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

其の実はお前らが嫌い

 なんとなくこのブログ開いたら、「月間PVが100突破しました」とのお知らせが入っていた。PVってなんだ。よくわからんけどありがとうございます。

 

 25年という短いようなそれなりなような年月を過ごして、自分の中にいくつか教訓めいたものが何個か出来てきた。その中に「人の好きなものを否定しない」というものがある。例えば僕はビジュアル系とメタルな音楽が嫌いだった。ただ嫌いになる経緯がどんなに自分の中ではっきりしたものでも、それを好きな人に話したところで理解されるなんてことはなく、むしろ不快にさせるだけだった。ただ自分が否定してる時にそれに気付くわけがなく、逆に自分が好きなものを他人に否定された時に、あぁ、俺は同じ感情を他人に味わせているんだ、と気付いた。そしてこのどっちもすっきりしない気持ちになるのは無意味すぎるとも思った。

 もちろん無理に肯定する必要は無いけど、必要以上否定する必要も無いなと思った時に「人の好きなものを否定しない」という結論を出した。そうすればむしろ、その人が好きなものはどういったところで好きになってるかみたいな観点を探り出せて、それを共有出来るようになれば自分の好きなものが増えていって、いいこと尽くめじゃないかと思っていたけどそうも行かない。ミスチルの歌詞で言うところの、「様々な角度から物事を見ていたら自分を見失ってた」状態である。「俺はこれが好きなんだ!」という芯の部分がどうも最近なくなった気がする。いや元からあったのかって言われたらわかんないけど。

 でもまぁこれがベターなのかなとも思っている。世の音楽好き達はちょっとめんどくさ過ぎる。基本的に他人は他人、自分は自分という節度は持ってるものの、自分の切り捨ててるところを話されればバッサリいくみたいなところがある。別にこっちとしては完璧に理解してもらおうなんて思ってないから、「あーそういう風に見てるんだー」くらいでかまわないところを、「いや、俺ダメだわ。」と突っぱねてくる。ってなるとこっちだけダメージ受けてへこむ、みたいな。

 どうもこう、妥協した部分さえも受け入れてもらえないということがすごく嫌だったりする。ここまでくるとめんどくさいのはむしろ自分である。知ってるし。そこらへんちゃんとわかってっし俺。

 

 んでまぁ、そういうのにちょっと疲れてきて、今は小中学生の時によく聴いてたSOPHIAとか、ミスチルとか聴いたりしてる。ここ最近出会う人出会う人に桜井さんをけちょんけちょんにされてきたから、ミスチル聴くとそれを思い出して複雑になるけど、うるせぇ知るか俺はそんなくだらねぇとこ気にしてねぇから好きなように好きなものを聴くんじゃ、って思いで聴いてる。Worlds endは名曲。あとμ’sの曲聴いとけば間違いない。

 

なんか文章湿っぽいから適当に最近の艦これ画像でも貼って終わる。

 

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木曾の「お前らの指揮官は無能だな!」っていう台詞かっこよくて好き。