オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

散文

 11月も終盤になり、2015年もあと一か月で終わる。こうして年末の気配を感じると、何のひねりもなく「今年も早かったな」と考えてしまう。ちゃんと思い返してみれば、この一年でもいろんなことが起きていて、それは確かに一年分の質量を持っていた気がする。

 しかも今現在に限って言ってしまえば、時間が流れるのが遅い感覚もある。これだけある時間をどのように使っていこうかを毎日考えて、思うように使えなかったことに納得がいかずに夜更かし。でも結局夜更かししても納得するわけじゃないから寝てしまったほうが得だったりする。ちなみに僕はこの現象をToday's non-satisfactionと呼んでいる。正しい英語かどうかは知らない。友人は夜熱と呼んでいた。

 そもそも何故、年を追うごとに一年が早く感じるのかという、真面目に考えそうで考えない問いに対して、僕自身が一番納得のいった説明があった。それは「今までの生きてきた時間に対して、一年の割合が小さくなっていくから」というもの。例えば10歳で言えば一年は十分の一。人生の10%が一年なのに対して、20歳では二十分の一、人生の5%という計算になる。そう考えれば、幼少期であればあるほど一年というのは人生の中で大きな割合を占めることになり、年を取れば取るほどに一年というのは人生のほんの一部になっていく。だけど幼少期の濃密な一年を味わってきたという経験を持っているから、年を追うごとに時間が早く感じる。

 まぁ、理屈として納得したとしても、これが唯一の答えだと言えるかと聞かれれば頷けなかったりもする。時間の感じ方なんて「楽しければ早い、つまらなければ長い」みたいにその時その時で変わったりもするし、何かに熱中している時間は老いないとかも言われるし、しくじり先生でオリラジのあっちゃんが、アインシュタインの授業をしてた時に「早く動いているもののほうが時間がゆっくり流れる」って言ってたし。様々な要因があって時間というものの速さの変化を感じているとしか言いようがない。

 

 ただ、今が人生の何%だから重要だとか重要じゃないとか、そういう話ではないなと思う。人によっては20代や30代が人生の50%だったと感じることもあるかもしれない。そんな風に比較的に割合の少なくなった時間を増やせるようなことが起きたらいいですね。

 

 ちなみに、僕の来年の目標は「頑張ってきたことをできるだけ無駄にしない」です。「できるだけ」という言葉で気負いすぎないようにしてるのがポイント。