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オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

フェルマーと散髪

 二次面接を来週に控えているため、髪を切りに行ってきた。2日前ぐらいから朝早く起きるようにしているので、午前中に済ませてこようと床屋に行ったら少し混んでいた。客の大半はおじいさんで、その中に混じって座ると自分が浮いているような気がしたが、無職なので仕方ない。

 番号札を取って順番を待つ。その間の時間を潰せるよう、床屋には漫画や雑誌などの本が置いてあった。書籍の方には哲学関連やブッタの言葉など、スピリチュアルな感じの本が多かった。その中で一つ、『哲学的な何か、あと数学とか』という気になる本を見つけたので読むことにした。

 

哲学的な何か、あと数学とか

哲学的な何か、あと数学とか

 

 

 開いてみて気付いたんだけど、前にもここで髪を切りに来た時にもこの本を手に取ったのを思い出した。その時はすぐ順番が回ってきたのか、それとも内容を真剣に読まなかったのかは覚えていない。とりあえず最初の章から読んでみた。どうやらこの本は、「フェルマーの最終定理」を証明するために奮闘した数学者たちのことを綴った本であるらしかった。

 「フェルマーの最終定理」がすでに証明されたことは、テレビ番組を通じて知っていた。番組では主に証明したワイルズについて取り上げていて、それを見た僕は想像を超える何かの片鱗を垣間見た気がして、ただただすげぇと感心していた。そんなこともあったので、この本に対する興味は以前にも増していた。

 残念ながら読んでいる最中に順番が回ってきたので、ソフィーの話までしか読めていない。ただこの「フェルマーの最終定理」によって様々な数学者たちの人生が刻まれていったという事実が凄く面白いということを知るには十分だった。いつか必ずこの本を買おうと顔剃りされながら思った。

 

 

 

 余談なんだけど、僕は床屋とか美容室に行くのが苦手である。店員と上手く話せなくて気まずいってのもあるし、かといって話さないでいると、鏡に映った無表情の自分とにらめっこしなければいけない。そうしてると自分がコンプレックスに感じている部分をまじまじと見せつけられる。辛い。

 だけど一度だけ、「床屋に行ってよかったな」と思った時がある。小学生の頃から行っていたお店が店名も場所も変わり、店員指名制なる本格的な制度まで導入しはじめていた時があった。もはや別の店だなと思いながら、指名できるほど店員のことを知らなかったのでお任せにして切ってもらった。

 その時担当してくれたのは、言ってしまえばノリの軽いお兄さんみたいな人で、堅苦しい感じを出さずに切ってくれた。いつも以上に話をしたかどうかは覚えてないけど、いつも髪を切りに行くときに感じていた緊張感を上手く解してくれた印象だけは覚えている。

 しかも髪を切り終わると、これが凄くいい感じにしてくれた。今まで「こんな感じにしてください」と伝えてもなかなか伝わらずに、まぁ無難だからいいかと思うことばかりだったのだけど、その時はすごくイメージ通りどころかそれ以上の出来にしてくれた。思わず「すごくいいですね、来て良かったです」と声を漏らしたら、そのお兄さんは「お客さん、モテるでしょ~、そういうこと言ってくれるの嬉しいっすわ」みたいな感じで返してくれた。その時も今もモテませんすいません。

 バッチリ決まった髪型にウキウキして、「次行くときもあの人に切ってもらおう」と思った。だけど次来た時にはもうあのお兄さんはいなかった。その後の行く末は知らないけど、床屋が苦手な僕でも心地いい空間にしてくれた彼のことだから、ここよりももっといい場所で髪を切ってるに違いないと思った。

 そんなことをぼんやりと思い出しながら、今日の床屋も鏡とにらめっこをしてました。