オルタナティブにいきたい。

取り留めのないことを取り留めなく書き留めるブログ

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さて、ぼちぼち再開していきますオルタナティブにいきたいでございますよ。どうでもいい話から始めますがこのオルタナティブにいきたい、のオルタナティブはブログ開設当初は「なんでもあり」みたいな意味合いで付けましたが、最近では代替物という意味で認識してます。マッチョイズムに拒絶反応を起こした人のためのブログ。オアシスとリバティーンズを比べたピートが話したあのセリフのような場所ですよ。

 

やってるやってないの話の続きしてもいいですか?結局やってるって何のことを指すんだろうねっていう話です。

その最近気持ち悪いなぁと思ってるのが、「認識されるようなことをしないとやってない」っていうレッテル貼られるんじゃないかなぁという風潮ありません? なんだろう、これも大雑把すぎる例えなんだけどさ、例えば何かを作るとか企画するとかを発信して目に見えるような形にしないとそいつはやってないみたいな。

そう言うと、一応このブログは認識されるような形の発信だからやってる部類に入るのかどうか分かんないけど、俺はこのブログを書くことで「やってる」とは全然思ってない。だってむしろ疑問を投げかけてるだけだもん。でもその疑問に対してまっとうな答えなんて返ってくると思ってないから、出来る限りの俺の疑問に対する理解を書いていたつもりなんだよね。そこまで読まれてないんだなーってのはこの間分かったから反省点ではあるんだけども。

こういう発信者脳ってのが怖いんですよ。何かやってるならば成果を発信する、しなければ発言権はない的な。それなんて言論統制。すいませんSNSとか普及してない時代から生きてるんでそういうのまだ対応しきれてないのかもしれないっすね!

でまぁ、話の脱線を続けますけど、このブログをもっと多くの人に見てもらいたいか?みたいなことも聞かれたんですよね。なんかこういうことを書くのも予防線張ってるとかなんとか思われそうですけど、そんなのは読んでくれる人が読んでくれればそれで満足だし、一応指標としてちゃんと更新してると月のPV数300取れるって思ってただけなんですよね。そこら辺ってなかなか理解されないのかなぁって感じです。

あと強いて言うならば、とりあえず書かないと発信する側の意見ばっかり通るなって思ってる節はあります。とにかくね、マッチョイズムがやたら目に見えて、そればっかりが正しいってなってくるのはおかしいと思ってるので、発信力も何もないこのブログだけどちゃんと違うと思ってることは言っておかないとなって。何も言ってなくて突然反抗したら「なんか突然わーわー言い出したぞこいつ」ってなるけど、細々とでも書いてあったら「あぁそういう考え方をする人なんだ」っていう認識までスムーズになるんじゃないかと。それはそれで俺には必要だなと思うとるわけです。

なので俺は違うと思ったことには違うと言える場所を作ること、それを自己『防衛』だと言ってたんです。まぁそれを自己『弁護』だと解釈され、それやって何が生まれんの? との疑問があったわけなんですが。どうして生む生まないの話に繋がったかは俺はよく分からん。とりあえず今までの話がアンサーです。

 

ここまでちゃんと書いてもなぁ。書いたことにそっての反論ならいいんだけど、そうじゃなくてもう人格批判まがいな感じで言われると話題どんどんズレていくから嫌なんだよなぁ。

とりあえず俺が言われたことをちゃんと理解しないことには、自分自身でも話題ズラしていくことになるので考えてました。考えてたんだけどさぁ…今までね、言われたことって結構ちゃんとこなしてきてたんですよ。そのね、やってない奴がやってる奴にの件だってそうだし、こうして欲しいんだっていうのを自分なりの形で示してきたんですよ。それでいてまだ言われるんだから、これもう聞き損なんですよ。いつも対応させられる側に回されるんですよ。だから自己防衛してるんですよ。

 

こんな俺みたいにならないように、貴方を振り回すだけのマッチイズムにはホントお気を付けください。正しい正しくないは貴方が決めて良い。